CASE 01 実践事例紹介 青山学院初等部
学習者用デジタル教科書が学びを変える
〜青山学院初等部〜
その2
同校のICT環境整備とデジタル教科書の使用実感について、初等部の中村貞雄部長、ICT活用を推進する情報主任の井村裕教諭、授業を行った4年桜組担任小野裕司教諭、4年桃組担任鈴木順子教諭にお話をうかがいました。
コロナ禍で加速した1人1台環境のスタート
――ICT環境整備と学習者用デジタル教科書の導入背景を教えてください
中村部長(以下、中村):本校では2012年からICT環境整備を段階的に行ってきました。学習のための道具としてPCを使えるようにコンピュータの授業も実施し、いずれは1人1台の環境をと検討していたところ、2020年のコロナ禍による休校で必要性が一気に加速しました。
井村教諭(以下、井村):休校や分散登校の間は、動画による授業配信やオンラインホームルーム、クラウドシステムでのプリントデータ配布などを行って対応し、家庭の機器を使用してもらいました。この活用経験がきっかけとなり、1人1台の実現につながりました。
中村:2020年夏にBYODと一部貸与により3年生以上の全員が1人1台のPCを持つことを決定し、2学期より活用をスタートしています。2012年からのICT活用の過程では、ただハードを整備するだけではなく、「何をどのように使うのか」という検討と研究を重視してきたので、すでに1人1台に踏み出せるだけの準備は整っていたといえます。これが推進力になりました。
井村:すでに電子黒板で指導者用デジタル教科書は使用していましたし、一部のクラスでは学校の共用PCで学習者用デジタル教科書を使用した経験もありました。それらが下地となって、1人1台の活用スタートと共に学習者用デジタル教科書の導入をスムーズに行うことができました。
――1人1台で活用し始めてみていかがですか?
小野教諭(以下、小野):これまでグループで1台のPCを使うような学習も行ってきましたが、1人1台は全く違う世界で、こんな風に変わるのかと驚いています。導入前は、「高価な機器なのに子どもが壊したらどうする?」という心配の声が多かったのですが、皆自分のPCを大切に扱いますね。初めの頃は写真を撮って悪ふざけをするようなこともありましたが、プライバシーの侵害や写真の悪用はいけないということをかみくだいて伝え、次第に「やってはいけないことなんだな」というクラスの雰囲気ができてきました。
井村:コンピュータの授業でも情報リテラシーの話はしますが実感が伴いにくいものです。実際の自分たちの行動と結びつけて身に付ける良い機会になっていますね。最初のうちはいろいろな失敗をしますが、いずれ統制は取れてきます。子どもたちが愛着を持ってPCを使うことが大切だと考えています。
導入前の不安は子どもたちの様子を見てすぐになくなった
――学習者用デジタル教科書を使う子どもたちの様子はいかがですか?
井村:導入後間もなく国語でマイ黒板を使ったときの子どもたちの変化は、驚くほどでした。
小野:授業で“お客さん”になっている子がいないんですよね。要約が極端に苦手だった子が、マイ黒板を使うことで形にできるようになりました。
鈴木教諭(以下、鈴木):個別の作業がとてもスムーズで、手の止まっている子がいません。特に書くことが苦手な子にとっては有効な手段となっているようです。子どもたちが楽しそうな様子が増えたと感じています。
――導入前に一番心配だったことは何ですか?
鈴木:子どもたちが「書けなくなるのではないか」という心配です。また、ノートとの使い分けをどのようにするか、デジタルで作業をすると手元に記録が残らないのではないかという不安もありました。特に国語が専門の教員の間では懸念材料の方が多くなりがちで、デジタルは不要という考え方も根強くあります。私もイチかゼロかという発想で、「書かせたい」という思いから、デジタルは必要ないと考えていました。
――実際に使用してみていかがですか?
鈴木:子どもたちの変化を実感し、「重要なことはなにか」と改めて考えるようになりました。これまで、わかりやすい板書をしてきれいにノートに書かせるということをやってきましたが、今は思考を転換し、黒板もノートもメモ代わりでも構わないと捉えています。子どもたちが学習者用デジタル教科書で線を引いたり抜き出したりしたことはすべて個々のPCに保存されるので、記録が残らないという心配もありませんでした。手書きで「書く」ことについては、ノートに書く作業を意識的に設けてバランスを工夫しています。
授業デザインを考える
――「書く」力への不安があったということですが、学習者用デジタル教科書を使う前と比べて子どもたちの書く文章に違いはありますか?
鈴木:要約の紹介文の場合、むしろマイ黒板で抜き出し内容を整理した方が、全体を網羅した内容でとらえられるようになっています。
小野:興味を持ったところをあげるときに、一般的なものの見方におさまらず、個々の目のつけどころや感じ取るところの違いがより強く出るようになったと感じています。
井村:紙の教科書だと線一本ひくのでも失敗ができない気持ちになってしまいますが、デジタル教科書だといくらでもやり直しができます。マイ黒板で失敗を怖れずにたくさん抜き出して削除したり付け足したり移動させたりして検討するステップをはさんだことが、最終成果物である紹介文の質の向上につながったのではないでしょうか。
――授業の進行スピードに変化はありましたか?
鈴木:子どもたちは画面で文字を見ることに慣れている様子で、紙の教科書よりも言葉を見つけるのが速く、見落としも少ないですね。
小野:要約のための抜き出しの作業の場合、2時間で計画していた範囲まで1時間で進んでしまいました。子どもたちの“やりたさ”が出てきて、個別にどんどん先に進めていくんです。想定外でした。余裕がある子は最後まで進めてさらにいろいろな機能を使って考えを深めて整理しているし、ゆっくり進めている子もいる。これまでの授業では、全員の進度をそろえよう、量をそろえようということを意識してきました。でも子どもたちはそこを越えて、周りと比較することなく焦らずに個別に取り組んでいるんですね。そんな子どもたちの様子を見て、こちらも進度と量をそろえることにこだわらなくなりました。
――子どもたちの姿が授業デザインを変えるきっかけになったのですね
小野:実際に学習者用デジタル教科書を使って初めて気づかされました。これまで、頭では “個々を大事に”とわかっていても、現実には「はい、ここまでできた?」と声をかけ、ノートに黒板の通りきちんと書けているかを気にしていました。今では「できたところまで提出して」「もっとやりたかったら家でやってきて」と伝えています。評価で特に困ることもありません。
学習者用デジタル教科書の導入により、子どもたちの学習スタイルや、授業の姿が変化したことが伝わってくるお話でした。同校の先生方の実感は、これから活用をスタートさせる多くの学校現場の力となるのではないでしょうか。